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1話-3 偽の花嫁。

last update Last Updated: 2025-09-25 19:29:57

* * *

それからシルヴィアは森への立ち入りを禁じられ、フィオンに話しかけること、口を聞くことさえ許されず、フィオンが摘んだ薬草をリリアを通じて受け取り、黙々と薬を作り続け――ある日の夜。

居間で家族3人が幸せそうに豪華な食事を楽しむ中、シルヴィアが黙ってその光景を見つめていた時、父が重い口を開いた。

「リリアの聖姫の噂が皇室にまで届き、注目を集め、皇太子ハドリーの花嫁として迎えたいと縁談の話が持ち上がっている」

だが、ハドリーには「醜く、女遊びが激しく、そばにいる女性は3年も生きられない」という恐ろしい噂があった。

その噂は皇国中に広まっているという。

リリアは皇室の権威に心を惹かれながらも、ハドリーの恐ろしい噂に、両手を重ねた指先を小さく震わせていた。

それでも、彼女は父をまっすぐに見据えた。

「お父さま、こんな皇太子と結婚なんてしたくないわ」

リリアは、きっぱりと縁談話を拒んだ。

だが、ロレンス家は皇族に逆らえない立場にあった。

皇室に敵対することは決して許されず、避けられない現実が重くのしかかる。

継母の顔には、皇室の権力への執着と、どこか怯えたような表情が浮かんでいた。

すると、その空気を感じ取ったリリアは声を震わせながら一言付け加える。

「でも、私が縁談を断れば家族に迷惑がかかってしまうわ」

その瞬間、継母が冷たく言い放った。

「だったら、シルヴィアを身代わりに差し出せばいいじゃない」

継母の冷酷な提案に、シルヴィアは息を呑んだ。

けれども、父はきっと反対するに決まっている。しかし、甘かった。

その仄かな期待は脆くも崩れた。

「──そうだな」

「シルヴィアを身代わりとして嫁がせるよう、皇室と交渉しよう」

父の言葉に、シルヴィアの心は凍りついた。

それと同時にきゅっと恐怖と諦めが胸を締めつけた。けれど。

(例え死ぬとしても、わたしの意思で生き抜く)

だが、シルヴィアの強い決意とは裏腹に、父は提案を切り出すのをためらっているのか、皇室からの使者が何度も家を訪れ、シルヴィアの心は不安に揺れ続けた。

* * *

ハドリーは宮殿内の会議に出席していた。

空気は重く、騎士長たちのざわめきが広間の壁に反響し、ステンドグラス越しに差し込む光が眩しく感じられる。

その時、着席していた皇帝が深く響く声で口を開く。

「急に呼び出してすまない。光が降りてきたによっての」

皇帝の声は静かだったが、その言葉にはまるで雷鳴のような重みが宿っていた。

皇帝アシュリー、この皇国の最高地位に立ち、清めの力を超える神力を持ちながらにして、未来を映す光をも見通せることができる者。

その瞳は、まるで時を貫くように鋭く、広間に居並ぶ者たちを見据えた。

騎士長の一人が膝をつき、額に汗を浮かべながら顔を上げ、別の者は剣の柄を握りしめ、わずかに震える指で緊張を隠そうとする。

「皆、心して聞かれよ。このままでは我が宮殿が滅びる」

皇帝の言葉に、広間は凍りついた。騎士長たちの顔から血の気が引き、誰かが息を呑む音が響く。

「なんということだ!」

一人の騎士長が立ち上がり、拳を握りしめて叫ぶ。

「皇后様の聖姫の力も弱まっていると聞く」

別の者が声を荒げ、目に不安が揺れ、また別の者がテーブルを叩きながら訴える。

「何か良い策はないのか?」

苛立ちを隠せない声が重なり、広間は混乱の渦に飲み込まれそうだった。

ハドリーは黙って議論を眺めていたが、突然、椅子をきしませ、立ち上がる。

静寂を切り裂き、すべての視線が彼に集まる。彼の表情は冷たく、口元にはわずかな苛立ちが浮かぶ。

「多忙ゆえ、私はこれで退席する」

その声は低く、感情を押し殺したものだったが、どこか重圧に耐えかねるような響きがあった。ハドリーは背を向け、大広間の扉へと歩み始める。

その時、皇帝の側近が慌てて進み出た。側近の額には汗が光り、声には切迫感が滲む。

「陛下、リリアという名の聖姫がいるとの噂を耳にし、すでにロレンス家に迎えの使者を派遣しましたが、未だ返答がありません。どうすべきでしょうか?」

広間が再び静まり返った。

騎士長たちの視線が皇帝に集中し、緊張が空気を締めつける。

ハドリーは扉の前で足を止め、振り返りはしなかったが、その背中には一瞬の硬直が見て取れ、押しつけられる責任への静かな拒絶がにじんでいた。

肩のわずかなこわばり、握りしめた拳の微かな震えが、彼の内なる葛藤を物語る。責任という重い鎖が、彼の肩に絡みつくかのようだった。

そして、皇帝は静かに頷き、まるで運命を決定づけるかのような威厳を湛え、こう告げた。

「──ならば、どんな手段を使っても構わぬによって、そのリリアを我が息子ハドリーの嫁として、一刻も早く宮中に呼び寄せよ」

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